午後のサンルーム(4)

明るい色のひらひらした塊が、ホールの奥から歩いてくる。

そばまでくるとたくさんのフリルの上にしなびて小さい老女の顔があった。
白く塗り込んだ化粧が女の廊下を際だたせ、顔の左右に耳の半分はある大きな緑色の石のついたイヤリングをしていた。
この老女は毎日そんな風な格好で、だれに見せるともなく、館内をいったりきたりしているのだ。

二人に気がつくと、おもむろにバッグの留め金を開けて、取り出したのは高名なソプラノ歌手が出演するオペラのチケットだった。初めての来日だったから、たいそうな値段がついていて、女はみんなに見せたくて仕方がないのだった。

「まあ、うらやましいわあ、いあたしなんて、とても手が出ない・・・・・・」

「ご主人と都内に一泊なさるのでしょう」

二人が口々にいうと、女は満足そうに微笑み、後ろに立っている貧相な夫の方を振り向いた。
「あなた、じゃ、いきましょうか。

皆さん、待ちかねだから」夫に話しかけるときだけ、鼻にかかった甘い声を出すのだった。

夫婦が去ったあと、菊江がため息とともにいった。

「あのひとの、あなた、っていうのをきいてると、お尻のあたりがむずむずしてくるわ」

「まあ、とにかく妻の役目はきっちり果たしてるわけだし」

「自分に何が一番大事なのか知ってるのよ。結論は見えっぱりってことだけね」

強い香水の残り香が花の匂いを消してしまっていた。

まるで同じ場面が毎日再生産され続ける。見飽きた安っぽい芝居のようでもあり、住人たちは観客でありながら出演者でもあるのだ。健康な間はそんな風に演じ続けなければならない。
そして、健康でなくなればケアルームが待っている。

ほの明るい室内、清潔なベッドに横たわり枕の下に看護師の足音を聞き、守られるべき弱い人間として体と精神はほかの者の手にゆだねられる。

恵子は、だいぶ前、風邪薬をもらおうとケアルームにいったときのことを思い出していた。
そのとき、部屋の中央の日の差すあたりに佐々木スミ子が、背もたれを倒したイスに、斜めに横たわっているのを目にした。を訪ねたときのことを思い出した。

何かの動物に似ている気がした。帰ろうとして、ドアの方に体を向けたとき、そのひとが貂に似ているのだと気がついた。

振り向くと、なぜかその目の中にふいに強い力が宿って恵子のほうをじっと見つめるのだった。まるで以前のように。恵子は、急に寒気がして、もう振り返らずに前だけを見て、急いでケアルームをあとにした。

by
関連記事