眠り草 (7)

だいたいのお考えはわかりました。またゆっくりお話しするとして、とりあえずお部屋にご案内しますね。あ、それから遅れましたが、私は佐々木といいます。この、ヴィラ・カトレアのマネジャーをしております。困ったことが生じたら、何でもご相談ください」
「わかりました。よろしくお願いします」

「それから、お荷物は昨日届いていましたので、お部屋にお入れしておきました。たしか、衣装ケースが二つと、ダンボール箱がひとつ」
「そうですか、ありがとうございます」
「ほかに、荷物が届くご予定はありますか」
「いいえ、ほかにこのボストンバッグだけなんですよ。おかしいかしら」
「とんでもない」佐々木マネジャーはあわてたようにいった。

「これまでのお荷物は、ぜんぶ処分されたのですね」
「荷物といいましても、衣類やアルバムなど身の回りの物がほんのちょっと。ほほほ・・・・・・」
 聡子は、鈴の鳴るような笑い声をあげた。沢田家の子供たちを見ながら、いつも、あげていた笑い声だった。子供たちは聡子の笑い声が大好きだった。

「あたくしね、ずっと住み込みの家政婦をしてましたの。ですから、家具は不要でしたのよ」
「そうでしたか」佐々木は、困ったようなつくり笑いを浮かべる。
「身ひとつなので、引っ越しの手間もなくて楽でした」
「なんでも簡単なのがよろしいですわね」
「何もなきゃ、話は早いですものね」聡子は笑いながらいう。
 佐々木の笑い顔がさらに引きつってくる。何も持たない身だと知って、聡子への評価はだいぶ落ちたようだ。

「大切なものは、みんなこの中に入ってます」バッグを抱えるようにしていった。
「あたしには、これで十分」佐々木マネージャーはうなずいた。
「こちらが308号室のキーです」カウンターの上に、タグのついたキーを乗せた。
「外出されるときには必ずキーをおあずけください。それが、ご在室かどうかのひとつの目安になります」

 カウンター側面の壁に一つずつキーをおさめる金属の溝のようなものがあって、そのいくつかにキーがささっている」佐々木マネジャーは眉間にしわをよせて、何本かを押したり引いたりして確認している。
「いざのときの連絡先はどうしますか」
「健ちゃんへ、あ、荻田健司へお願いします」
「保証人の荻田さまですね。確か入居の手続きの際にもいらした」
「ええ、あの子は、あたしが育てたんですよ」
聡子は胸をはっていった。
「こんな、小さいうちから。ほんとに可愛い、素直な子でしたわ。ご主人も奥様も仕事が忙しくて健ちゃんのことを見ているヒマがなかったんですの。あたくしのことをすっかり信頼してくれましてね。それはもう大切に育てましたのよ」

 あめ玉をころころと転がすように聡子は話し続ける。
「そうですか。それはよろしかったですわね。では、そろそろお部屋に参りましょうか」
 佐々木マネージャーは話を遮ると、キーを持ってそそくさと前を歩き始めた。

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