玉木屋の女房〈21〉
細長い道がどこまでも続いている。道の両側には紫陽花のような青い花が被さっている。前を非ひとりの女が歩いている。母親のゆらに違いない。追いつこうとするがいくら急いでも追いつかない。いったいどこまで行くつもりなのだろう。
どこかゾクッとするような、冷んやりする風が吹いてきて頬をなでる。「おっかさん」と声をかけるがゆらは振り向きもしない。ああ、あのひとは、あたしを置き去りにしてどこかへ行ってしまいたいのだろうか。
そうしているうちにいつか母親の姿を見失ってしまった。「おっかさん」と呼ぶが返事はない。
「どうしたんですか」
ふと気がつけば、傍らにひとりの男がいた。
痩身をかがめるように歩いている、十郎兵衛殿だった。ひょろひょろした一見貧相にも見える体の男だった。ふてぶてしいほど人を食った大首絵を描くような男には見えない。むしろ弱々しく、どこかはかなげにさえ見える。目を前のどこかに向け、着物の前がさばけてすうすうしてるのも気にせずにゆっくりした様子で歩いていく。
「何処に行くんだろう。今度こそほんとに死ぬつもりなのだろうか」
多江はなぜか今日は一緒に死んでもいいような気がした。「もう、描けないんだ」と言った男の寂しげな様子を思い出し、今や心の中が男への同情でいっぱいになっている。目は潤み、どうしても放っておくことはできない。
手に手を取って歩いている内にいつか両国橋の手前まで来ていた。
柳の木の下のあたりで、多江は立ち止まり喘ぎながら男に言った。もうどうしてもこれ以上、歩くことができなかった。多江は肩を上下させて言った。
「もう歩けないの。お願いだから、あんた一人で行って」
男はくるりと振り向く。顔が真っ赤になって怒りで目がつり上がり、鬼の顔になっている。
「なんだって、一緒に死のうと言ったじゃないか。約束を反故にする気かい。どうするか見ていろ」
鬼は叫び、多江の顔もみるみる変わって口の両脇が耳まで裂け、目がつりあがってらんらんと炎のようになっている。裂けていく口を必死で手で押さえて多江はその場にしゃがみこむ。
「ゆるして、ゆるして」
地面にかがんだまま、涙を流して必死で叫び続けていた。
ふと気がつけば、頭の上に夜明けの青い光が入り込み、多江は布団を頭の上まで被りながら声を上げて泣いているのだった。