玉木屋の娘 4
実際に、川に飛び込みかねないほど役者に熱を上げた女たちは、役者そっくりに描かれた絵を喉から手が出るほどほしがった。
「だから、どの版元も夢中になっていい絵描きをかかえたがったのさ。だけど水戸様の下級武士だった、おれの父親が他人様に頭を下げるっていうのが苦手でな。黄表紙の作者は知らず、絵師なんかに頭下げられるかって、いって。だが、蔦重さんはえらい。自分に必要となりゃ、よその家の門柱にだって頭下げるくらいだからな」
清吉が多江にそういったのは、ひかされて間もなくのころだった。
「けれど、俺は気にしちゃいない。必ず、江戸中の人間があっと驚いて夢中になって買い求めるようなのを出してやる」
「そうかい」
「おまえにもいずれ、必ず贅沢をさせてやるからな」
「うれしいねえ」
多江は笑う。
けれど、そんなことが実現する前に清吉は、脚気で寝込むようになり、所帯を持って三回目の正月が来る前に、一人娘のゆうを残して亡くなったのだ。
「女の盛りに、清吉さんを亡くし、忘れ形見の多江さんを、どんな気持で育ててきたの。あんた、ほんとに偉いわねえ」
「ただ夢中だったのよ。あの人の忘れ形見を無事に育て上げなくちゃってね」
「自分の血をわけた子だって、こうはいかないよ。たいへんな入れ込みようだったじゃないの」
「まあ、ねえ。あの子を育てることで、あのひとを亡くした悲しさを忘れようとしたのかもしれない。あの人への気持ち以上のもので娘を育てたのよ」
「多江ちゃん、あんた、貞女の見本だわ」
「ふふふ」
おゆうは頬を赤らめて笑っている。説明しても気持ちをわかってもらえるだろうとは思えなかったから。
店の羽振りの良いときにひかされて、あっという間に、おちぶれてしまったように見える多江を近くの者たちが噂しているのは知っている。
けれど、そんなのはどうでもいいのだ。
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