ツグミ団地の人々〈立春前7〉

 病室の片側は広い窓になっていて、明るいトーンの灰色のカーテンが一枚の布状になって下がり窓をおおっていた。
「カーテン開けて。外が見たいの」
「まぶしくない?」
「だいじょうぶよ。夕焼けが見てみたいの。ツグミ団地の建物が見えるのよ、あの森の先に。ほら、見えるでしょ。ほら小さく、屋根のところが」
 里子にはいくら目をこらしても見えなかった。きっと幻なのだろう。そして幻のツグミ団地は、麻紀さんにとってホントのツグミ団地のよりもっと本物なのだ。

「ながめがいいでしょう」
「ほんと……」
 二人はいつか本物の姉妹のようにベッドの横に並んで座り夕焼けを見ていた。窓の下から森に向かって小さな家の屋根が途切れなくつづいているのが見える。あとはドラッグストアの巨大な広告塔、ほかには何もなかった。

「あたしの家はあっち」
「ええ」 
「窓のそばに近づいてごらん。もうちょっと。そう、あそこの端っこにあるビルの向こうよ。見えるでしょう」
「ああ、あのあたりね」
里子は大きくうなずいた。

「きっと今頃、あの人は一人で家でご飯を食べてるにちがいないわ。寂しがらせてしまって悲しいわ。家にいたら向かい合って一緒に食べられるのに」
「残念ね」
「そう、残念なのよ」 

 暗い森の上に一日の最後の陽が斜めに差しているのが見える。太陽はちょうど森の先にあるツグミ団地にめがけて落ちていくようだ。海から来る風を受けて森の木々がそちらに向けて枝をしならせていた。
 夕陽がいま光を弱め森の向こうに吸い込まれていくのを二人は見ていた。
 まるで人の人生の終わりを見るようだと里子は思ったが、もちろん口にすべきことではなかったった。

 看護師さんが体温を測りに来てくれて、里子はその間に飲み物を買いに下の階まで行った。コインを入れて飲み物を取り、病室にもどろうとするとき、何人かの人とすれ違った。みな、白い蛍光灯並ぶが天井の下を黙々と歩いていた。廊下を端までいくとまたもどってくるようだ。

 やせた若い女も、壮年の堂々とした体格の男もいた。ズボンやトレパン姿で、足にはスニーカーをはいて笑いもせず、かといって顔をしかめるでもなくゆっくり脚を前にすすめている。最初、面会の人かと思って、体が触れるくらいにすれちがったけれど、途中で患者だと気づきヒヤッとした。

 

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