「わが子を不登校・引きこもりにしないための十カ条」というエッセイを読んでハッとさせられたところ。
こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

「わが子を不登校・引きこもりにしないための十カ条」(村山和世さん)というエッセイを目にし、ハッさせられるところがあった。
「夫の稼ぎで、ぎりぎり生活できるにもかかわらず、幼いわが子を他所に預けるという人は、子供への情愛よりも『仕事が大切』『仕事をしている自分が好き』・・・等という考えに固まっているのだと思う」
というところだ。
私は下の子が赤ちゃんの頃から家で仕事をしていた。
生活の足しにと思っていたけれどよくよく考えれば、
「仕事をしている自分カッコいい!」
とか想っていたのかも知れない。
だから、子どもが遊んでほしそうにしていても、「いま忙しいの」などと邪険に言ってしまったこともある。
冷たかったな、心を傷つけたかな、と今もそれが気になっている。
お陰さまで、みんな元気に育ってくれたけれど、まったく良い母親ではなかった。
子どもは保育園などで、ベテランに見てもらったほうがいい、それより、
母親も仕事で能力を発揮すべきだ、というのが主流の考えなのだろうが、本当のところどうなんだろう。
昔は仕事が大事!と思っていたけれど、この歳になると、やはり子の存在ほど大切なものはないな、と思えてくる。
人は子を育てるために、生きてるのではないかとさえ思う。
そう考えれば、今の少子化の傾向は、自然の摂理というか何か大きな力の働きなのだろうか。
なんにしても駄目な母親だった自分が、唯一よかったかな、と思うのは、
夜、布団に入って眠るまでの間、わが子たちに本を読んでやっていたことだ。話のいくつかを今も覚えていてくれる。それが嬉しい。
子育てというのも、結局自分の個性に合わせてやるしかない・・・ということなのか。
さらに、「よい子に・・・」とか「頭をよく」とか、そんな小手先の子育てでなく、自分の命と引き替えにやるくらいの気迫がないと、なかなか難しいのかもしれない。
なんでもデジタルだ、AIだと叫ばれる今だからこそ、人と人が向き合う大切さを再認識したい。

今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。
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