抜け道(8)

 弱い陽が、二人の栗色の髪と赤い紙の上に降り注いでいる。彼は、なんとなく話を聞きながら、ゆっくり新聞をめくる。赤い髪の女は煙草を吸い、木売色がときどきストローで飲み物の氷をかき回していた。横にしゃがんでいた3歳くらいの男の子が、ふいに立ち上がると車道のほうに走って行った。
 ――こら、まちなさい。
 栗色の方が立ち上がらずにいった。それでも子供は戻らず。彼女は仕方なくいすから立っていって、子供の片腕をつかんでぐいぐい引き戻した。彼は子供の腕が抜けるのではないかとはらはらした。

 子供は母親のいすの横にひっくり返り、足をばたつかせ、ついには敷石の上に腹ばいになって大声で泣き出した。
 ――あらあら・・・・・・。

 金髪の女がいった。ふいに高い調子のメロディーが鳴って、栗色の女が横に置いたふくらんだバッグから、携帯電話を取りだした。
 ――は―い、あ、そうよ。もう、だいじょうぶ。風邪なら、とっくに治った。元気に遊んでるから。ほら。
栗色の髪の女は、子供の顔のそばに携帯電話を近づけた。男の子は、なおいっそう声をはりあげて泣いた。

 ――じゃあ、切るわよ。
 バッグにしまい、男の子を見ると、
――バカねえ、パパの声、聞こえなかったでしょう。いつまでも泣いてるからよ。
赤い髪の女が、煙草を口から離しながらいった。
――へえ、昼間も電話くるんだ。
――そうなの。まいにち。午前と午後の1回ずつ。
 ――めんどーね。
 ――だれが?
 ――あなたも、彼も。

 栗色の髪の女は、きょとんとした様子で、相手を見つめた。彼は、新聞のこちら側で大きくうなずいた。
――でも、それが気持ちってもんでしょう。あなたも、そうしてれば、離婚しないですんだかもよ。
――・・・・・・。
――あ、ごめんね。
栗色が、急におどおどした様子で相手のほうを見た。
もう一人の女は相手の顔を見ながら笑った。それから男の子を引き寄せてわざとらしく頭をなでた。子供は嫌がって、すぐに腕をすり抜けてしまった。

 雲がふくらんで薄日がかき消されると、パラそりは黒ずみ、その下で女の赤い唇だけが燃え上がった。
 ――寂しいんでしょう。離婚してから。
 栗色の女が長い前髪をかき上げながらいった。赤い髪は薄く笑い、うなずくと、ストローで茶色の液体をゆっくり吸い込んだ。

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