ツグミ団地の人々 〈小鳥が逃げた16〉
たがいに話しかけられないまま、硬直した姿勢で金屏風の前の新郎新婦ばかりを見ていた。数分が過ぎ、やがて友人知人のスピーチが始まった。それからも式は滞りなく進んでいく。
美佐子は手洗いに立って戻ってくると、カメラマンが一つ一つのテーブルを回って写真を撮っていった。邪魔にならないようにドアの所に立って見ていると、客たちはピースをしたり、肩を組んだり、酔っ払って赤らんだ顔で笑い合ったり増田さんのしていた。茂夫らしき男の、肩幅の広い後ろ姿も見える。それは厳ついけれど、年のせいか前よりごつごつして見えるのだった。
やはり、話しかけよう。そう思って、席に戻っていこうとすると、同じ棟の増田さん夫婦がそばのテーブルから声をかけてきた。
「奈々ちゃん、本当にきれいね。あたし、なんだか自分の娘のようにうれしくて」そういって増田さんの妻は、白いハンカチで目頭をふいた。
「ありがとうございます。増田さんには、奈々が小さい頃からずいぶんお世話になって」
「そんな。おたがいさまでしょう。同じ棟で育ったんだから。みんな家族みたいなもんですものね」
「そうです、そうです」
横から、増田さんの夫もそういった。夫婦の娘の真美ちゃんとは、幼稚園も一緒のよい遊び相手でよく家に行き来していたのだが、小学校二年生の時に小児ガンで亡くなったのである。
仲良しだった奈々は悲しみ、それからしばらく真美ちゃんの家に行くことはなかったのだが、やがて、「寂しいから遊びに来てね」と増田さんに言われて、ときどき家に行くようになった。そして真美ちゃんの人形やブロックで遊び、増田さんの用意してくれたおやつを食べて帰って来るのだった。
帰りが遅いときなど迎えにいった。玄関で呼ぶと暗い部屋の奥から「はーい」と言って出てくる。親子で帰って行くのを増田さんはドアの横に立ってずっと見送ってくれるのだった。
そんなわけで、まるで自分の娘のようにかわいがってくれて、 今日ももらい泣きしてしまうくらい増田さんの涙は止まらないのだった。
「ありがとう、ありがとう」
そう言って何度も手を握り合ったあと席へ戻っていった。
間もなく、新郎新婦による両親への花束贈呈になる。まさか断るわけにもいくまい。そんなことを思いながら、覚悟を決め、親族のテーブルに戻った。みると茂夫の姿はない。手洗いにでも立ったのだろうか。そう思いながら舞っていたが、披露宴が終わるまで茂夫は二度と姿を見せなかった。