カオスな梅田はどうやってできた? (プラタモリ) 確かあのあたりで迷ったな・・・と思い出しました

こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

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6月10日のプラタモリは、「大阪・梅田〜カオスな梅田はどう生まれた?〜」でした。

おもしろかったですね。今回の舞台は梅田。なぜ梅田の道がわかりにくいのか、大阪駅を中心に複雑に広がるカオスな町梅田をとりあげていました。

実は、昔々、新大阪から~大阪へ。そこから阪急線に乗る用事がありました。

その時に、大阪駅で迷い、通りかかった人をつかまえてききました。

「阪急の乗り口はどこですか」

「それなら、梅田から乗ってください」

「その、梅田には、どうやっていくんですか」
(わたし、少しいらついていたと思います)

(相手の方の顔、あきれ顔)

「そこです」
と、10数メートル先を指さしました。そのとき初めて、梅田というのは大阪のことなのを知りました。

と、そんなニガイ、赤面ものの思い出があるのです。

それからこれは長女さんが宝塚に入っていた時のことです。

あるとき、梅田芸術劇場で公演がありました。

春野寿美礼さんが光源氏を演じられた「あさきゆめみし」です。

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観劇の日、朝早く新横浜から新幹線に乗って出かけました。
当日少しは早めに大阪に着いて梅田へ。
梅田駅から劇場まで行くのは初めてでした。まず梅田の駅の中で迷いました。地下を通って行くのですが、デパートの地下や、地下通路で迷いながら歩いているうちに、わけがわからなくなりました。


その時、高齢の紳士が通られたので、
「梅田芸術劇場にはどう行くんですか」
お聞きすると、私の方をしげしげと見て、言葉が言葉なので、これはたぶん行き着けないだろうと思われたのでしょう。親切に劇場のそばまで案内してくださいました。

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おかげで無事、開演に間に合いました。その時、もう本当に、大阪の方は親切だなあと、つくづく感激したのを覚えています。

そういうちょっとほろ苦く、嬉しい思い出のある梅田です。そんな懐かしい梅田を今日はプラタモリでたっぷり見られました。
「ああ、たしかあの辺で迷ったな・・・!」
そして思いました。迷ったのも、まあ仕方ないか、と。

あの迷路のような四方に広がる地下通路を見てしみじみと思いました。迷わずにずんずん歩いている大阪の皆さんは本当にすごいな、と。
そして、あの街の地下にもう一度チャレンジしてみたいなと、無謀にも思いました。笑

今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。



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