自分の名前が好きではなかったが、両親がつけてくれた本当の意味を知って泣けた。

こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

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子供の頃からずっと自分の名前があまり好きではなかった幸江(ゆきえ)というのだが、なぜ子のつく名前にしてくれなかったのか、と恨めしく思ったこともある。

姉は子のつく名前。
なぜ私は江なのか

え、にしても私の母は、静枝といって枝の、え。
なぜわたしの、えは、枝でなく、江なのだろう

なんだか、やぼったいし、でれっとして締まりがないなあと一寸思ったり・・・・・・。
けれども迂闊なことに、最近になってやっと気がついた。
江 というのは、大きな河のことだと。
だから幸江で、幸せの大河になれよ
と親の願いが込められていたのだ。
本当はいい名前だったんだね、と今になってつくづく思う。

そして、そんな名前をつけてもらったからには、やはり幸せにならなければ、親に申し訳ないという気持ちになった。
けれども両親はすでに亡く、名前の礼をいうすべもない。

その父の命日が5月のはじめ。
思えば新緑の頃に逝ったのだなあ、と思う。
最後は自宅で、姉とわたしが両脇から手を握るなか息を引き取った。それがせめてもの親孝行。

その姿は今も目に焼き付いていて親とは、生き方とともに死に方も子に見せるものなのだ、と気がついた。

コロナ禍の中、なかなか行けないでいたが、今年こそは墓参りに行こうと思っている。そして、よい名前をつけてくれてありがとう、お陰で幸せに暮らしてますよー、と一言、報告してこよう。

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今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。

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