グリーンベルト(38)

 朝食をとるときくらい仲良くしていられる。私たちはしばらく無言で食べ物に向かっていた。
 ふと顔を上げると、君江さんがまた流し目をくれている。食堂の入り口の辺りに、ラテン系の男たちの一団がたむろしている。政治がらみか、ビジネスマンの一行か。男の一人が視線に気がついたようにこちらを一瞥する。

「さあ、もう行きましょうか。今日は忙しいから」
葉子さんが立ち上がる。私たちも後について歩いていく。
「もう、戻るの」 
 君江さんは気が進まなそうだった。入り口にいたラテン系の男性の一人が横を通る君江さんをじっと見ている。私たちは気にせずに、そのまま部屋に戻ってくると出かける準備を始めた。
 今日は、ポトマック川を下って、ジョージ・ワシントンの農場のあるマウント・バーノンまで行く予定にしていた。

 君江さんがベッドの縁に座ってぼんやり窓の外を見ている。
「どうしたの、君江さん。少し急がないと」
 葉子さんが話しかける。
「君江さん、あと三十分くらいしか時間がないわよ」
 私も続けて言う。 
 君江さんはまるで聞こえなかったように、無視して立ち上がる。そしてわざとらしく服の埃をはらいながら言った。
「下に行って水をもらってくるわ」
「あなた、さっき買わなかったの」
「買ったけど、全部飲んでしまったのよ」
 そうして出たきり、君江さんはなかなか帰ってこなかった。

 私たちは時計を眺めながらイライラして待っていた。そして、君江さんがたった今、さっき食堂にいたラテン系の男性とねんごろに話してるんだ、と想像する。
 自分からなにもしないで、友達のやることが気になってならない。そんな自分を恥じて、私は窓のそばに立っと、通りに並んだ星条旗が風にはためくのを眺めていた。ああ、ここはアメリカなんだなと思った。
 その時私はまた、日本のわが家の冷蔵が開くカタカタという寂しい音を聞いたのだ。
 
 ちょうど出発する五分前に君江さんは戻ってきた。すっかり機嫌が良くなっていてまるで鼻歌でも歌いそうに見える。遠足で可愛い小動物を見つけて友達に内緒にしてる小学生みたいに。
 そしてさっさとショルダーバッグを提げ帽子を被ると、まだなのか、と催促するように私たちを見るのだった。

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