「物語 イタリアの歴史Ⅱ」。フィレンツェの「ロレンツォ・デ・メディチの物語」がおもしろい!
こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

中央新書が話題になっていましたのでその流れに乗って・・・。
「物語 イタリアの歴史Ⅱ」藤沢道郎
中央新書
❇大教皇グレゴリウスの物語
❇マローツィア夫人とその息子たちの物語
❇ロレンツォ・デ・メディチの物語
❇画家カラバッジョの物語
ほか 全8話
このように物語形式でつづられています。
若いころに塩野七生の「ルネサンスの女たち」を読んでからイタリアの歴史特に、ロレンツォ・デ・メディチに興味があって購入しました。
イタリアの歴史といっても、年表のように歴史を順を追って語るのではなく、特定の人物に焦点を当てて書かれています。
そのため、ずばり物語の楽しさがあって、ヨーロッパの中でも特異なイタリアの歴史を知ることができます。
なかでもフィレンツェは、大銀行家メディチ家が、ほぼ一般市民の形で治めた不思議な都市国家でした。三代目のロレンツォは賢く同時代の詩人でもありました。ミケランジェロの才能を発見したのもロレンツォと言われています。
教皇国のあるイタリアは、国としてまとまることはできませんでしたが、芸術を開花させ、フランスやスペインと常に対峙する緊張感の中で、国を守り同時に芸術を開花させていきました。

フィレンツェの繁栄はやはり、ロレンツォ・デ・メディチのようなすぐれた人物がいたからでしょう。けれど危機は何度も訪れ若いころには、兄弟で教会にいるところを襲われ、弟のジュリアーノは亡くなりました。
「美しいシモネッタ」に恋した弟
弟のジュリアーノは美しい青年でした。
フィレンツェの画家 ボッティチェリの「美しいシモネッタ」という絵をご存じですか。ジュリアーノはこのシモネッタのモデルとされた女性に恋していて、フィレンツェ中それを知らない人はいなかったそうです。
けれどシモネッタは人妻で、早くに亡くなり、恋が実ることはありませんでした。
ロレンツォは、弟の死を悲しみ、怒り、さらに厳しい決意でフィレンツェを統治していきました。ナポリ王国と戦争になりかけたこともありましたが、みずから王国に赴き、その叡智によって戦争を回避しました。
優れた政治家だったロレンツォは、また優れた詩人でもありました。
若いっていいもんだ
けれども花はすぐに散る
遊びたいなら今のうち
確かな明日はないものを
こんな詩人としてのロレンツォを、フィレンツェの人々は愛したのでしょう。
本当はこちらをやりたかったのではないかとも思いますが、その責務と責任感がその生涯をフィレンツェに捧げることになりました。
その後もメディチ家からは、レオ十世、クレメンス七世などの教皇を輩出。やはりロレンツィオの守ったメディチ家は偉大でした。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。










