ツグミ団地の人々 〈レモンパイレディ 4〉

 学校で竹中くんという友達ができた。おもしろいことをやって見せて、みんなに馬鹿にされてしまうというそういう男の子だった。笑うと情けない顔になった。転校生はなんといっても立場が弱い。親切そうに近づいてくる者のいうことをなんでも聞くしかない。僕という子分ができたので竹中くんはうれしそうだった。

 いばることもあるが、だいたいは親切だった。朝歯磨きをしないのか顔を近づけてくると、ひどい口臭がした。虫歯も何本かあって、ときどき痛むらしく、半分はれたような顔で学校へやってくることがあった。そんなときはだいたい、持参の保冷剤を袋から出して頬にあてたままぼんやり黒板を見ている。
「なにをやってるんだ」
 先生にいわれても気にしない。

 放課後、家への道をだらだらと歩いているときに竹中くんがいった。
「おい、おめえんちのとなりのうち、すげえ変わりもんだろう」
「変わりもん?」
「パンチパーマのおばちゃんさ」
 なぜだか、自分でもそう思ってるのに同意する気になれない。
「夜になると、真っ白なけしょうして歩いてるんだってさ」  
 
 もう一人がひそひそした声でいった。
「去年、行方不明になったこどもがいるんだぞ。あのひとがあやしいって、うちのかあちゃんがいってたよ」
「そんでよー、廃校になった第2小につれていって監禁するんだぞ」
「ふーん」
「いいか、なにか、変だなと思うことがあったら知らせるんだぞ」
 竹中くんはさらに声をひそめていった。ほんとうに誘拐犯と思ったわけではないが、少なからず岡田さんに対して警戒する気持ちにさせた。

 夜になると団地のスーパーへ向かう道は暗い。ほの暗い道が駐車場の手前に続いていて、丸いかさをかぶった白い白熱灯が間隔をおいて並んでいる。その一番奥のかさの後ろに中年過ぎの女のひとが立っている。そして主婦が通ると、「奥さん、今日のおかずなに?」と聞くんだそうなと、これは母さんから聞いた話。

「でもそれは、岡田さんのことではないのよ、だって、ほんとうは女の人ではないんだって。奥さんを亡くしてやもめになった男のひとが、奥さんの残した服を着ているうちに、つい本気になっちゃってその服を着て夜な夜な・・・」
 母さんは声をひそめていった。
「本気? 狂気でしょう」
 テレビでボクシングの試合を観ていて、まるで関心をはらってないと思っていた父さんが振り向いていった。すぐにその顔はまたテレビ画面のほうに戻ったけれど。

「狂気ねえ……なんだかとてもまじめな人らしいのよ」
 母さんが父さんの背中を見ながらつぶやいた。
「だったら何も心配ないだろう。まじめな人なんだったら」
 父さんはテレビに顔を向けたままだ。
「そのまじめが怖いのよね。PTAで知り合いになった大熊さんが言っていたけど、その人に会うのが嫌で日暮れすぎにはだれも買い物にいかないそうよ。スーパーも商売あがったりね。あなたそういえば・・・・・・」

 母さんが思い出したように声を上げた。
「まだボーナスいただいてないけど、今年は出るのがおそいの」
「そうだな、もうそろそろだろう」 
 父さんは、ムニャムニャいいながら新聞をもって隣室に行ってしまった。

 そのとき、台所へ向かう母の脚にくるみが飛びついていった。くるみの一番の気に入りは母のくるぶしにかみつくことだった。
「痛いじゃないの」
 母さんが大声をあげて振り払おうとすると、ますます興奮して背を低くし目をらんらんと光らせて、次に飛びかかる機会をうかがうのだ。
「母さんが大声あげるから、喜んでると思ってるんだよ」
「そうかしら」
 母さんは不機嫌そうだ。

 声をあげずにいると、それはそれでおもしろくないようで、余計に強くかみつこうとする。くるみは1年前に飼い始めた灰色に黒の混じった雑種の猫で生後間もなく、前の家のそばに捨てられていたのを拾ってきたのだ。
「もっと賢い猫かと思った。それに、もともと猫なんて好きじゃないし」
 母さんはいうが、今ではくるみを一番可愛がっている。くるみも正直だから、絶対に母さんのくれたキャットフードしか食べないのだ。

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