ツグミ団地の人々 〈小鳥が逃げた 14〉

 席が空いてしまったな、まぁ、仕方がないかと美佐子は思った。

 式が滞りなく終わり、人々は披露宴の会場に向かった。父親のいない寂しさがそのまま、藤本家の親族席の寂しさになった。十人ほどの丸テーブルの親族席には、もちろん父親の茂夫の姿はない。
 そして、ひとつ空席になっているのは今日欠席となった茂夫の弟、久人の席である。親族席の寂しさがよけいにその空席で強調されるようで忌々しくもあり、奈々の気持ちを考えれば気が滅入るが、だからこそよけいに自分がしゃんとしていなければいけないと美佐子は思った。

 夫になるのは奈々よりひとつ年上の痩せた気の弱そうな男性だった。結婚前に一度あちらの両親と会って食事をしたことがある。
「それでお父さんは、今どちらにいらっしゃるんですか」
 とふいに聞かれ、派手なようでいて気の弱い奈々がしどろもどろになっていた。
「失踪されたんですか」
 というのは。その通りなのでいいようがない。
 その後は、母親は故意に奈々を無視するようにし、細い眉をすぼめ甘えたような声で息子にばかり話しかけていた。そしてふいに美佐子の報を見ると行った。

「式場ももう予約したみたいですね」
「ええ、そうですね」美佐子が応えると、
「ずいぶん手回しがいいわねって、この前も話してたんですよ」
「予約できてよかった、とこの娘は言ってました」

「まあ、よかったのか、どうか。急いでやって、あとでゆっくり後悔するってこともありますものね」
 そういったあとで、何が可笑しいのか相手の母親は、ホホホホと高い声で笑った。それから、結婚を取りやめる、やめないの一悶着があって、どうにかこの日にこぎ着けたのだ。

 それだけに相手の母親が、時おりこちらの親族席に向ける目の冷たさにひやりとし、この先の夫婦ふたりの生活を危ぶまざるをえなかった。

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