グリーンベルト(42)
聞こうとして、ふと周りにだれもいないのに気がついた。葉子さんも、君江さんの姿も見えない。
私はあせってふたりの名前を呼んだ。そしてもう近くにいないのだと気がついた。
農場中に強い花のにおいがしていた。二メートルほどの高さの木が白い小さな釣り鐘のような花をたくさんつけている。葉子さんはたしか、カルミアと言っていた。もう鼻が慣れてしまってにおいの源がそれなのかどうかもよくわからない。日をさんさんと受けてびっしり花を付けた様子は不気味でもあった。
「おいていかないでよ。ひどいな」
そんなことをぶつぶつ呟きながら、農場の敷地を出て森の方へと歩いて行った。
森の中の道を進んで行くと、途中に道しるべがあって、道は三つに分かれていた。迷いながら一番右側の道をたどっていった。林の奥に地面が盛り上がったようになったところがあった。
そばに近づいて見ると、農場で働いた奴隷たちのために夫人の建てたモニュメントだとわかった。ぼんやり見ていると、後ろでガヤガヤと声がして、ボーイスカウトのようなそろいのチーフをした子供たちが近づいてきた。
若い白人女性が何か説明し、子供たちは汗ばんだ顔でチーフをずらしたり、女性の顔を見たりしていた。
私は混乱しあせってもいたので、戻ろうとしたときに、道幅の狭いところで六、七歳の男の子にぶつかってしまった。あ、と思ったとき、男の子はすぐにエクスキューズミーと言い、わたしはびっくりして男の子の顔を見つめてしまった。
元の標識のところで、また迷ってしまったが、さっきの子供たちがくるだろうと考えてまん中の道をたどっていった。今日見た砲台や、奴隷部屋や、くすんだ燻製部屋が頭の中をぐるぐるめぐっている。
また後ろで話し声が聞こえたように感じて振り向くと、だれの姿もなくただ森の木々が厚く重なって、その間からかげり始めた日がわずかに覗いているのだった。