グリーンベルト (40)

 船が桟橋に横付けされた。
 船を下りた途端にツーンと強烈な花の匂いが鼻腔をついた。花の匂いはいたるところにあった。まるで島中を刺激的な花の匂いで覆い尽くされているようだ。

 標識を頼りに森の中の小道をたどり私たちはジョージ・ワシントンの農場目指して歩いていった。森の奥へ進むにつれて匂いはますます強くなっていく。
 途中に東屋のようなものがあり、中を見ると凝った装飾をされた二つの木の棺が並んでいた。説明を読んで驚いた。なんとジョしージ・ワシントンとその妻の棺だった。

「驚いたわ」君江さんが声をあげる。
「まさか、むき出しのまま安置されているとはね」と私。
「まあ、功績のある人だから、人々の目に触れるように、ということなんでしょうね」
 そういう葉子さんも内心驚いているのは確かだった。
「あなたも来るの初めてだったの」と君江さん。
「ええ」
 ハンカチで顔を仰ぎながら葉子さんがいう。
「もっと。アメリカに詳しい人なのかと思ってたわ」

「わたしたち日本人なら、それほど大事なものは厳重に幾重にもくるんで、人の目に触れないようにしよう、と思うのにね」
 私もわけのわからないことを言う。
 それにしてもふるさとの平和な森の中で、永遠の眠りについているとしたらそれはきっといいことなのだろう。その時鼻孔に忍び込んできた花の匂いは、今まで嗅いだものよりもさらに強烈に思われた。

 ワシントン家の白い大きな母屋はポトマック川を見下ろす丘の上に日を受けて他合っていた。建っていた。
 土栗木独立宣言の草案がつくられた緑一色の居間。派手ではないけど堅実でこざっぱりとしたいくつかの寝室。それは地方のちょっと裕福な農家のパッチワークや手仕事の施された気持ちのいい家庭的空間だった。

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