兄弟のつつましい生活、心の中が愛おしさと哀しみでいっぱいになってしまう「ことり」 小川洋子
ことり 小川洋子 (朝日新聞出版)

兄と弟。
人とは話せないけれど、小鳥の鳴き声を聞き、その意味を理解する兄。
そして、ただ一人だけ、兄の言葉のわかる弟。
父も母も亡くなったあと、二人っきりで暮らし続ける。
兄が何より好むのは、幼稚園の小鳥小屋の前にいって、
小鳥のさえずりに耳をかたむけること。
弟は、近くにある会社のゲストハウスに勤め、昼にはサンドイッチを買って家に帰る。
兄はスープをあたため、リンゴを切っておく。
そして、ふたりでテーブルを囲み昼食をとる。
穏やかで、細々としたものに囲まれた秩序だった生活。
つつましさの中にある、哀しみ、愛おしさ、
そんなもので心がいっぱいになってしまう小説。
そして兄弟の情愛。
二人は年に一度、旅行を計画する。
弟は山や海などの地理やコースをていねいに調べ、それを兄に伝える。
兄は、それに合わせて旅行荷物を整え、大量の持ち物を、
まるで設計図をつくるように、ボストンバッグに詰める。
バッグは三個。
いよいよ出発となり、兄はふたつ、弟がひとつのバッグを持つ。
けれど、旅行はいつも幼稚園の前まで。
二人はいったい、どこに行こうとしていたのだろう。
「棺には白いバスケットが納められた。生涯で最も遠い場所へ旅をするのだから、
どうしてもそれは必要な荷物だった」 (作品から)
哀しみ、という言葉なくして読めない、心が透明になってしまうような小説。
小川洋子の作品はみんな好きですが、特に偏愛している小説の一つです。
2021-09-10 by
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