「外遊日記」(三島由紀夫のエッセイ3)から 日本人の笑いについて
こんにちは、ゆきばあです。(ほぼ)毎日ブログを更新しています。

先日、BOOKSTAND若葉台さんで、三島由紀夫の「外遊日記」(三島由紀夫のエッセイ3)(筑摩書房)という本を購入しました。
その最初のところですが、熱帯地方と死について結びつけて書いている個所があります。
「熱帯と死の情緒……どうしてこの二つが緊密にわたしのなかで結びついてしまったのかよくわからない」と。
太陽にジリジリと焼かれる熱帯雨林のなかの死は、どう特別なのだろう。そしてそこから市ヶ谷駐屯地での事件まではすぐなのか、長い道のりを経てのことなのだろうか。
ほかにも、エッセイだけに、独特の鋭い洞察で書かれていて興味深い。
例えば笑いについて。
西洋人には日本人の微笑が実に気味の悪く、謎に満ちたものに見えるという。
私たちにとっては単純なことだ。悲しいから微笑する、困惑するから微笑する、腹が立つから微笑する。
つまり、悲しみと困惑と怒りは本来別々の感情だが、それはXならXという同じ符号で表現するわけだ。このX符号が示された相手はすぐ次のように察しなければならない。
ああ、これはきっと何か隠しておきたい感情があるんだなと。
「悲しみも、困惑も、怒りも」、ぜんぶ同じ微笑で表現する」
ここは読んでいてハッとさせられました。いままで思ってもいないことでしたので。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございます。ほかにも日々の思いを書いていますので読んでいただけましたら幸いです。
2026-10-11 by
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