「おらおらでひとりいぐも」(若竹千佐子)を初めて読んでみた。独り言のようにときどき東北弁を入れつつ、老いの心境や孤独について書かれています

こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

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先日、須賀敦子の「ミラノ 霧の風景」について書いたのは、少し前に「おらおらでひとりいぐも」(若竹千佐子)を初めて読んでみたからかもしれない。
この小説では、独り言のようにときどき東北弁を入れつつ、老いに向かっていく心境や孤独について書かれています

その後、なんとなく考えたのですが、作家には、自分にこだわる作家とそうでもない作家と二種類ある気がします。須賀さんは自分の周りの風景や人、事象を観察しつつ、それによって個々の人生や自身の心象までも掘り下げていきます。

若竹さんは、自分のことに、自身の生き方に、とことんこだわり理解していこうとしてる気がします。自分にこだわる、自分と周りとの関係性にこだわる、さらには、死に向かって行く自分にもこだわり、納得させる何かを求めようとします。

その求道者のような粘り強い姿勢は本当に敬服に値します。

私は詩のように示唆する言葉の中に感動するタイプで、粘り強さというものがまるでなく、しつこいのは嫌い、という、しょうもない人間です。

それは何もかもわかっているから、ということでなく、

所詮人間は、自分のことも何もかもわからない。そして、そのわからなさを抱えて生きていくことが、人の生きるということの意味だと思うからです。
何か中途半端な考えですみません。本の感想にもなっていないようです。

今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。

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