豊臣兄弟 33回 「浅井の血はわれらが決して絶やさぬ」と娘たちの決意
こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

8月30日の「豊臣兄弟」ですが、ついにお市さまと柴田勝家が自死しましたね。天守閣に登っていって最後はそこから飛び降りるという、戦国ものではなかなか見られない設定に目を見張りました。
勝家がお市さまの介錯をして、その後自分が・・・というのが本筋かとは思いますし、賛否の分れるところですね。
また、城に残って柴田勝家と最後を共にするという母の前で、娘たちは、
「母上もご一緒に城を出ましょう。それがかなわないなら自分たちもここに残ります」
と言います。
それに対して市は、娘たちに向かって諭すように言いきかせます。
「そなたたちは、よい相手を見つけ子を産むのじゃ。いつかその子たちが、そなたを幸せにしてくれる」
浅井の血筋をつなぐ
これから死に行く母に娘たちは言います。
「父上にお伝えください。浅井の血はわれらが決して絶やさぬと」
この言葉重かったですね。
後に、茶々(淀殿)の子秀頼は、大坂夏の陣で淀君とともに亡くなり、
京極高次に嫁いだ初(常高院)に、子はいませんでした。
けれど、大河ドラマにもなった三女・江(崇源院)は、徳川秀忠に嫁ぎ、多くの子をもうけました。
そしてその血筋は、徳川将軍家から多くの大名家、さらには皇室にもつながっていったといわれます。
それを考えれば、お市さまの魂も少しは慰められる気がします。
産んだ子たちが、そなたを幸せに
そして母の残した、
「いつかその子たちが、そなたを幸せにしてくれる」
というこの言葉意味が深いですね。心に沁みました。
私は未熟な人間ですが、3人の子どもを育てるなかで、少しはましな人間になれた気がしますし、
また、赤ちゃんだった子に添い寝しながら、
よく、
「これからも、これ以上の幸せを感じられることはないだろうな」
と思いました。
ですから今回、このシーンがとても心に残りました。
お市御寮人は、どれほど娘たちの幸せを願って城から送り出したのかと。
「産んだ子があなたを幸せにしてくれる」
なかなか言えない言葉ですが、ドラマの中でさらりと伝えてくれて嬉しかったですね。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも色々書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。

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