「抱擁家族」小島信夫 技巧的な小説と思っていたら、お弟子さんが「ほぼ実際にあったこと」と書いている。小説ってわからない・・・

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この前の日曜日、読売新聞の本の紹介コーナーを見ていたら、目についたのが、
「師弟 燃えたぎる文学熱」という見出しでした。
なんだかすごい見出し、と思ったら、
これが、「運命の謎 小島信夫と私」という本の紹介で、
作者は三浦清宏氏。小島信夫の一番弟子だったそうです。
小島信夫と言えば、「抱擁家族」(講談社文芸文庫)が有名ですが、
三浦氏は、この小説内で山岸青年のモデルになった方。

この小説では、「最初の妻の死から再婚までの中年男性の焦燥の日々」が描かれています。
「抱擁家族」の中で語られていることは、ほぼ現実にあったことなのだそうです。
ちょっと意外でした。というのは、20数年前、初めて読んだときの感想として、
とても斬新で、人工的な芸術品という印象を受けたからです。

始まりはこうです


「三輪俊介はいつものように思った。家政婦のみちよが来るようになってからこの家は汚れはじめた、と。そして、最近特に汚れていると」
そして、夫が旅行に行こうと誘うと、妻は、家政婦に向かって、
「みちよさん、このひとは私を連れて行くと言うんですよ。珍しいこと」

そしてさらに、
「誰が行くもんですか。この人とふたりっきりになったって、ちっともおもしろくないわよ」
などというのです。もう悪い妻ですね(^_^;)ほんとうか・・・

20数年前には、自然派というより、まるでフランスの小説のように斬新な印象を受けたものです。
妻のなんて、自由奔放でふてぶてしいことよ(^_^;)
当時の女性は、その自由闊達さにあこがれたかもしれませんね。
そして、夫をクソミソにいう妻に対して、夫は常に、ああ、自分はこんな風にいうべきではなかった・・・と自省するのです。
あくまで良心的な知識人男性なのです。

夫は人がよく、変なことをはじめた妻に困ってる、というスタンスで展開していきます。けれど、待てよ。妻はなぜこんないい方をするのだろう、とちょっと考えてしまいます。自分がこういういい方をするとしたら、そのときの心境は、夫に対する絶望か、それとも・・・。
モーリヤックの「軽蔑」という小説なども思い出してしまいますが、「軽蔑」と違うのは、一見斬新で新しい小説のようでいて、根本に日本的な正しい夫、愚かな妻、という構図があることではないでしょうか。
だから終わり頃に夫がちょっと変貌する場面があるのですが、
そこが強烈に目に焼き付いてしまいます。

三浦氏は、「ほぼ実際にあったこと」と書いています。
それなら、本当を虚構のように見せる技法が見事すぎるのでしょう。
それにしても、最初に読んだときの印象は強烈で、
こんなのを書いてみたいなあ、と心底憧れたものです。

小島信夫は、弟子たちに、
「そろそろと、自分の生皮を一枚、一枚剥がすようにやるんだ」
と言っていたそうです。私は、小島信夫の小説は、究極の技巧という衣を着けた小説と思っていたので、
「ほぼ実際にあったこと」という言葉には驚きました。
ウソから出たまことという言葉がありますが、まことから出たウソもあるのだな、とつくづく思った次第です。

今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
ほかにも日々の日常を書いていますので、
ぜひ目を通してください。

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