若い頃に国籍を失い一週間砂糖水だけで暮らしていたこともあるフジコ・ヘミング。人は生きづらさや苦労が多くても、後に良かったと思うことが必ずあるのかもしれない

こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

フジコ・ヘミング Yahooニュースから 撮影:志和浩司

「生きづらさをかかえた」とよくいうが、人間だから生きづらさを抱えているのは当然なのかもしれない。スイスイ生きやすいなんてことは、どんな人にもありえないだろう。苦労した中で生きる意味を知ることだってある。

少し前、92歳で亡くなったフジコ・ヘミングは、大変な苦労の後に世に認められたピアニストだ。

若い頃に国籍を失い、ドイツに暮らしていた際、ジャガイモくらいしか食べるものもなく、一週間砂糖水で暮らしていたこともあるという。そして極めて大事なコンサートの直前に聴力を失い絶望のどん底に。

そんな中、60代で注目され、大勢の人が彼女のピアノ演奏に耳を傾けるようになった。聞いた人皆が心を揺さぶられるという。

「間違えるとかどうでもいいじゃない、機械じゃないんだから」とフジコさん。

わたしはピアノはごく初歩しかやっていないので、うまい下手はわからない。でも、心に強く訴えかける演奏なのはたしかだ。きっと生きてきた中での苦労や苦しみの中から生まれ出てきた音色だからだ。

そんな彼女を人々は魂のピアニストという。たしかにそうなのだろう。

「アマデウス」さんがX(旧twitter)で、フジコ・ヘミングの言葉を紹介してくださっている。

「目の前にある現実だけを見て、幸福だとか不幸だとか判断してはいけない。その時は不幸だと思っていたことが、後で考えてみると、より大きな幸福のために必要だったということがよくあるの」(フジコ・ヘミング)
ほんとうにその通りだと思う。

そして、生きづらくても生きていくのが人間で、その中から希望や生きる意味を見つけていけるのも人間なのだろう。

だから、生きづらさなんか気にせずに、むしろ、それをはねのけるくらい強く生きていければと思う。

今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。

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