グリーンベルト (39)

 ポトマック川を下っていって、ジョージ・ワシントンの農場のあるマウント・バーノンまでは、船で三十分ほど。背後にワシントンD.C.が小さく平らに見えて、広い川幅の両岸に煙ったように木々が繁茂している。
 城壁のような古いアレクサンドリアの町を通り過ぎると、岸辺の森が伸ばした腕のように川沿いに広がっていく。木々の間に砲台が見えていた。その先は川の方に向いていた。いつの時代のものなのだろう。
 こんなものを見ると、アメリカという国がこの地に移り住んできた人々が力で勝ち取ったものだということがよくわかる。
 私たちの国はもともとそこにあったもので歴史は澱のように地の下に沈殿している。だから日本人が日の丸を見上げる思いと、この国の人々が星条旗を見上げる思いとではかなり違いがあるのだろう。
 
 二階デッキは風が強かった。下に降りていくと葉子さんがベンチに一人で座っていた。眺めのひらひらするスカートにカラーストッキング。普段葉子さんはこういう服装はしないのだが、アメリカにいるに従いだんだん着る者の好みが変わってくるようだ。おたがいに気にならなくなっている。v思い切り背もたれにもたれ例のごとく両脚はだらりと開いている。
 度の強い眼鏡レンズの奥がグルグル回っているように見える。 

 そもそもなんであの方が大股開きで座るのかということだ。あの知性も教養もある女性が。不思議でたまらない。両脚をだらりとさせた放恣な姿勢には酔ったような開放感さえ感じられる。そんな葉子さんを見るたび人生の不条理を感じて思わず顔を赤らめてしまうのだ。

 遠足か何かの中学生がいて船内はにぎやかだった。船尾の方ではおしゃまな感じの女の子たちが固まって笑っている。その手前で女の子の気を惹こうとして男の子がおどけた仕草をしている。私たちはそんな様子に惹きつけられ見つめていた。

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