千日劇場の辺り ―奇妙な案内人〈4〉
外に出ると真昼の日差しが明るかった。美佐江はそれを避けるように、建物の陰に沿って歩いて行った。
いきなり大きなガラス張りのビルが現われ、大理石の壁の横に、まるで人形のような変わった形の帽子をかぶりクビに三色国旗のようなスカーフを巻いた二人の女性が座っていた。
どうやらこのビルの案内をしているらしい。後ろには、仰々しいような大きなポスターが何枚か貼られている。美佐江は汗をハンカチで拭きながらそばまで近づいていった。
ポスターにはいくつかの茶碗がならんでいて、茶道具の文字も見える。とても高価な茶碗のようだ。自分には縁がないが、ちょっと見てみたい気持ちになった。
それに開演にはまだ1時間弱あるから時間をつぶすにはちょうどいいだろう。
「これ、どこでやっているんですか」
二十代半ばくらいの案内の女性の一人が顔を上げ、歌うような高い声でいった。
「○○美術館です」
その声があまりに澄んでいて、片耳が少し聞きにくくなっている美佐江にはよく聞えない。
「え、どこですか。どうやって行ったら良いんですか。この茶碗が見たいんですけど」
今度は隣の女性がもう一人に軽く耳打ちすると、後ろを振り向くようにして白い手袋の手で後ろを指し示した。
「ちょうど後ろにエレベーターがありますから、それに乗って五回まで行って下さい。それから入場は四時までですのでお気を付けくださいね」
「ありがとう。気をつけます」
まあ、そんな遅くまではいないだろう、とは思うが、美佐江はていねいに礼をいってそこを離れた。一度振り向くと、二人の受付嬢は小さな帽子を横に被りさっきとまったく同じ姿勢で座っている。美佐江は壁づたいに歩いて建物の端まで行った。
ここは旧財閥系の名前の付いた美術館の入り口のようだ。美佐江の足は吸い寄せられるようにエレベーターに向かい箱に乗った。
ビル自体は最近、高層のものに立て替えられたが、その中にすっぽりはまり込んだ形で旧い建物が残されているらしい。