グリーンベルト (9)
「あたしは生まれてから一度も、肉を口にしたことないの。でも、とても元気」
ある日、ヘレンは笑いながら言った。
ヘレンは敬虔なキリスト教徒で、そしてベジタリアンでもあった。ベジタリアンであることと、彼女の宗教がどう関係してるのかはわからない。そしてそんなことを意識したのは、復活祭のお祝いをした日のことだった。
その日、テーブルに白いクロスが掛けられ、こんがり焼かれた七面鳥が食べやすいように切り分けられて大皿に乗っていた。
「え、ターキーなの」
ヘレンは目を細め、一寸得意そうだった。私たちが疑り深そうにヘレンの顔をうかがった。
「いやねえ、よく見てご覧なさいよ」
葉子さんが腰に手をおいて叫んだ。
「パイよ、パイ。中に豆が入ってるの」
「本当だ」
「トマトソースで煮込んだのね」
「赤いぐちゃぐちした感じが内臓そっくり」
堅めのパイ生地のなかに、半分つぶれかけた大豆がぎっしり詰まっていた。そして、それは焼いて切り分けられた七面鳥のごちそうにそっくりだった。ヘレンは、絶えざる努力によって食卓を豊かにし続けていた。まあ、そんな風に、ベジタリアンであり続けるには、ある意味タフな精神が必要なのよね。
「あたしは構わないのよ。あなたたちは肉を食べてちょうだい」
ヘレンはよくそんな風にいった。けれど、想像してみてよ。簡素で清潔な(?)野菜のみの食事をする人の傍らで肉を食べるっていうの。どう考えたって、グロテスクな光景に違いないでしょう。そのあたりを、ヘレンがどう考えていたか、今となってはわからないわね。
それに、30数年前、ベジタリアンって珍しかったし、私たちにはとてもカッコいいことに思えたの。今の皆さんはどう思うのかしら。
そういうわけで、私たちはすました顔で麦芽茶を飲み大麦味のする手作りクッキーを食べた。それからしばらくして、夫のボブさんが顔を出したの。
彼はいつも足音を立てずに静かに歩くのよ。そして、目を合わせると微かに微笑むの。でもだからといって、彼がヘレンのように日本人を好いていたかどうかは、はっきりとはわからない。
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