千日劇場の辺り ―千日劇場〈4〉

こういった雑誌に掲載されているのはほとんど主演・助演クラスの役者である。同じ劇団員とは言え、黒エンビや、三つ揃いスーツに身を固め帽子を目深にかぶった可奈の写真が掲載されることはよほどの奇跡でもないかぎりまずない。美佐江は手持ちぶさたになって、皿の上のアップルパイをフォークでくずしては口に運んでいた。コーヒーはすでにぬるくなっている。

 そのとき、五、六人の若い女性が店に入ってきた。一人がKさんのほうに顔を向けて「あ」と声をあげた。麻子さんもそちらを見て「あ」と言った。
「偶然ね」
 二人はそれ以上話さず、グループの女たちはKさんの背中の後ろを通って奥の方へと歩いていった。美佐江はテーブルの上の写真をとっさに紙ナプキンで隠した。
 知られてはならない、麻子さんが身動きとれなくなる、そう思ったのだが、ほんとうにそれだけなのか。若い女を言いくるめているのを目撃されたような、ある種の後ろめたさを感じたからではなかったか・・・・・・。 

 女性たちの後ろ姿を、しばらく目で追いかけていた麻子さんが顔を上げ、小さくため息をついて言った。
 「やっぱろ、無理ですね、自信がありません。それに来週からいろいろ予定が入ってて」
 二人は顔を寄せ合い手帳を見ながら、ひそひそと話しはじめる。
「そうよね、やはり無理よね。ごめんなさい、急に押しつけるようなこと言っちゃって」

「気にしないでください。じゃあ、そろそろ行きましょうか。もう開演まで十分もないですよ」
「ああ、そうね」

 慌てて紙類や布地の見本をバッグに詰め込んだ。ダメだったか、という落胆の気持ちもあって、咄嗟に何もかもバッグの中に放り込んだのだ。

さっきまで薄日が射していたのに、店の外に出ると敷石がうっすらと雨にぬれていた。
「地下にいて気づかなかったわね」
「天気予報、当たりましたね」
 バッグから折りたたみガサを出して開いた。レモンイエローのラッパ水仙のごとき派手な色合いのカサである。

「いっしょに入って」
「平気ですよ。これくらいの雨」
 若い女性たちは歩道を走って劇場のほうへ移動していった。
 レンガ造りの建物前の敷石が濡れそぼれ、早くも本格的な雨降りになりそうな気配がある。空気が湿っぽさを帯びている。美佐江ものろのろと入り口へ向かう。黄色のカサが短い柄の上で不安定にゆれる。

by
関連記事