灰の降る日本橋、明るさとアイデアで災害を乗り超えようとする蔦重の姿がついに鶴屋(風間俊介さん)の心まで動かして。笑顔の印象が前とはこうも変わるものか 笑
こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

和楽 さんからお借りしました
大河べらぼう25回「灰の降る日本橋」では、
天明3年(1783年8月5日)に発生した
浅間山の大噴火と、
たまたま日本橋に進出した
蔦重の境遇とを、合わせて
スペクタクル映画のような
息もつかせぬ展開になってました。
このときは、家の軒まで灰が積もる
ほどだったといいます。
このときのシーンですが、道に積もる灰と
灰よけのために屋根の瓦の上に並べられた着物が、
降り積もる灰の凄さを表してました。

ついに丸屋を自分のものにできた蔦重(横浜流星さん)ですが、
まだまだ日本橋の老舗の旦那衆に
認められるにはいたりません。
実際に史実で屋根の上に着物を・・・というのは、
確認できていないのですが、
降り積る灰と、屋根の上に並ぶ
着物のシーンは圧巻でした。
人は苦しみを共にすると
寛容になるといいます。
屋根の上に並ぶ着物のアイデア、
そして、
「大変なことなら楽しんでやりましょうよ」
という、蔦重のことばがいいですね。
さすがの鶴屋(風間俊介さん)も
心を動かされたようです。
災害の中で苦労すると一体感が生まれます。
ついに鶴屋も耕書堂と協力して
日本橋を盛上げていこうと
考えをあらためたのでしょうか。

そして、てい(橋本愛さん)もまた、災害の中で自分を捨てて
川に飛び込んでまで日本橋を守ろうという
心意気に感動して、
ついに求婚を受け入れます。
「あんたには教養がある、だから一緒に店を・・・」
の言葉にも心を動かされたことでしょう。
祝言の日に、耕書堂の暖簾を
祝いに持参した鶴屋さんの笑顔が
素晴らかったですね。
同じ笑顔でも、前と今とでは、
こうまでも、印象が変わるものでしょうか。
嬉しいような、ちょっと残念なような。笑

これから蔦重が日本橋でどう、
耕書堂を発展させ、才能を見つけ伸ばし
今に続く日本の本の文化を築き上げていくか楽しみです。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。