ツグミ団地の人々〈苦い水12〉
「それ何? それ何」
聞きたがり屋のタカ子が平八の袖を何度も引っぱる。たまりかねたような顔で平八が言う。
「まあ、君たち若いもんに言っても分からないけどね」
「若いって、あたしは、もう三十五よ」
「おお、そうかね」
「そうよね、うちの行方知れずの娘と小学校の同級生なのよ」
美佐子が口をはさむ。
「中学では、部活も一緒だったのよ。バレー部で」
「あの白い衣装を着て踊るヤツ?」と平八。
「あはは。おまえはなんて馬鹿なんだ。バレーだよ。バレー。この前の東京オリンピックで、河西選手が大活躍したじゃないか」
「この前って、何年前のことだと思ってるんだ。加西選手はもうとっくに引退して結婚され、すでに亡くなられてるんだよ、君は知らなかったのか」
「そうか、そうだったか。俺はね、彼女が日本女性の鏡だと思ってるんだよ。あれほどの女性はそういるもんじゃない」
珍しく赤い顔で皆川がいった。
「ははーん、君は、ああいう女性が好みなのかね」
平八がからかうと、「ち、つまらないことを言うな」
皆川は続けて言った。まるで劣勢を取り戻そうとでもするように。
「俺も、天狗党のことなら、聞いたことがあるぞ。いや、映画も見たな。幕末に、起こさなくていい騒乱を起こして無駄死にをしたバカな奴らと・・・・・・」
「まあ、いいじゃないの、そんな昔のこと」美佐子が言い、「そうよ、そうよ」タカ子が相づちを打つ。
気がつくと、鶴田平八がやけに暗い顔で壁の方をを見つめている。心なしか、握りしめた両拳が震えているように見えた。
その後の数分間、誰が次のひと言を口にするのか、長い沈黙が続いた。
「そりゃ、あんたたち、長州の者からはそう見えるだろう」
平八は皆川に向かって、絞り出すように言った。
「違うと言ってるだろう。だれが長州なんだ」
「僕のひいじいさんは天狗の一味だった」
平八はかまわず続けた。
「横浜港が閉鎖されないのに抗議して、尊王攘夷派の水戸藩士たちが藤田小四郎を中心に筑波山で挙兵したのが元治元年、1864年のことだった。そのとき集まったのはまだ60数人に過ぎなかったんだ。