ツグミ団地の人々 〈レモンパイレディ5〉

竹中くんの棟は、僕の家のとなりの建物だ。その家には子どもが大勢いて、5人兄弟の一番下が竹中くんなのだ。

 クラスにはもうひとり勉強の出来ない子がいて、僕ら3人はよくつるんで遊んでいた。忘れられないのはおしっこ騒動だ。13階から地上までおしっこを飛ばしたらどうなるかということだ。まっすぐに下まで行くのかそれとも途中で霧のように飛んでしまうのか。竹中くんは良くいえばおとな、悪くいえばすれている。
「おい、やれよ」

 というので、仕方なくというか、もうやけくそで僕らは鉄柵に向かって並んだ。3本の水の線ができた。日の光を受けてきらきら光っている。なんだか自分が落下していくような酩酊感を感じながらおしっこをし続けた。しずくの先では曲がっていて先は見えない。体が前のめりになり落下するような感じがする。背中がすうすうする。

「ちょっと、あんたたちなにやってるの」
 そのときわれ鐘のような声が背中の後ろから聞こえてきた。おしっこはすぐには止まらなかった。「お宅の坊やにいわれてしかたなくやったといってます」
 その夜、竹中くんがお母さんといっしょに僕の家の玄関に立った。竹中くんはなんとなくしょんぼりしている。
「ね、そうでしょう」

 母親の顔をおずおずと見上げうなずいた。そのとき僕は、言葉がいつもほんとうのことを語るのでないと知った。苦い体験だった。
「ついに、出た」
 名前もまだ知らない男子がかすれた声をあげた。
 昨夜、廃校になった小学校の門の前を紫のひらひらした服を着た女が歩いてたという。閉まった門扉の前にじっと立って校舎のほうを見ていたんだそうな。

「真っ暗でだれもいないのに、よくあんなところに立っていられるね、ってうちのかあちゃんがいってたぞ」
「ここには、もうひとつ小学校があったの?」
「そうだ」
 その男の子は断定した。
「第二小学校っていって、子供が少なくなったから、二年前に廃校になったのさ」

 僕の家のあたりは数年前まで小学校もあり近くに菓子屋もあって子供も大勢来て、団地の中でもにぎやかな所だったらしい。廃校になってから、急にさびれて人が集まらなくなった。校庭の隅にはなにかのモニュメントのような金属のポール状のものがゆっくりと回転している。風のある日には風のエネルギーを蓄えてたようにぐおおおん、ぐおおおおんと壮物の咆哮のようなうめき声のような声をあげる。その下のあたりにプールがある。
 僕もほんとうなら、その学校に入ったはずなのに、廃校になったので団地の中の道をぐるりと回って、第一小学校まで通わなければならない。

 数年前の夏、学校の帰りに1年生の男の子がさらわれ、廃校になった学校のプールの中で倒れているのが発見されたそうだ。
 もちろん水は入ってなくて、男の子は気を失っていただけだったけど随分大騒ぎになったそうだ。しかも1年生の子は何も覚えていなかったそうだ。
 

 女装おじさんに疑いの目が向けられた。女の人を脅して面白がってるのじゃないかって。女装はそのためのカモフラージュなんじゃないかって。
 怪しむ人も多くて、嫌がらせか、おじさん家の前にたくさんの腐った落ち葉が積まれていたり、犬の糞が置かれてたりしたこともあったという。

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